読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Amazonで買えるシャネルのノベルティ

初めて水商売をしたとき、なんでお客さんたち安くもないお金を払ってこんなに頻繁に飲みに来るのかなぁとよく考えていた。
友人の一人が「さみしいからだ」と言っていたので納得することにした。でも私は「さみしい」がよく分からなかった。奥さんと子どもが出て行った一戸建てて暮らしてる週5でお店に通うおじさんとか、3か月しか店に通ってないのにやたらと常連ぶる工務店の若社長とか、大変なんだろうなぁ、孤独だろうなぁ、となんとなく想像できるけどさみしさは理解できなかった。私が新婚なせいかなぁ、と考えていた。

リストカットする人の気持ちも摂食障害になる人の気持ちもよく分からない。どちらもかじってみたことはあるのだけど、腕から血が出てる間、便器に覆いかぶさってすっぱい汁を吐き出してる間、確かに私はうっとりしていた。自分の体を痛めつけるとスッキリしたのだ。そしてこのままではナルシストになってしまうとも思った。手首の傷をシュシュで隠して同級生に見られないようにするのも胃液臭い指を洗う時間もされたことないけど暴力を振るわれた後に優しくされるみたいに感じる。それらは全部自分を良くない方向に持っていくと思った。


さみしい、という人に甘えんじゃねー、みんなさみしいんだよ、と思ってしまうのは驕りなんだろう。布団の中でひっそり泣いて時間になったら何事も無かったように仕事に行く人が好きだ。ネットに愚痴を延々と書くくらいなら許してあげる。

学生時代夜1人で実家の自室で過ごしていると私がこうしている間に皆は楽しく飲んだり明日の計画を練ったりしてるんじゃないか、とよく不安になって、気安く話せる人に電話をかけたりしていた。学生時代の方がさみしい気持ちが分かってだと思う。


去年仕事がちょっと大変で、その時カフェの店員が挨拶してくれなかっただけでかなりムッとしていたことがあった。みんな大変。みんなさみしい。